ご心配の皆様、日本滞在中の内田真弓の無事が確認されましたのでお知らせいたします。 Those who concerns, Mayumi Uchida is safe and sound.

message from Mayumi Uchida. “Desert woman still alive. She really missing for camping, so she camped at Tokyo station last Friday with 3 degree!”

ウォーター・ドリーミング

「ウォーター・ドリーミング」
ショーティー・ロバートソン・チャンガラ
61cm x 90cm

今年で4度目となる神戸・ギャラリー北野坂でのアボリジニアート展。年々アボリジニアートファンの層が増える中、今年もたくさんの魅力的な作品を皆様にご紹介します。 一点、一点、オーストラリアの中央砂漠から厳選にセレクトしてきた作品ばかりです。 誰もをたちまち魅了するアボリジニアートをこの機会にぜひ!ご覧くださいね。

私も毎日ギャラリーにおります。いつでも遊びにいらしてください。そしてアボリジニアートの魅力をたっぷりとお話させてください。 皆様のお越しを心からお待ち申し上げております。

アボリジニアートプロデューサー
内田真弓

内田真弓企画 オーストラリア・アボリジニアート展
2010年11月9日(火)~14日(日)
会場: ギャラリー北野坂
神戸市中央区山本通1-7-17 (地図http://www7.ocn.ne.jp/~kitano/
11:00~18:00(最終日17:00まで) / 会期中無休

ブッシュ メディスン

「ブッシュ メディスン」
グロリア・ペチャラ
60cm x 120cm

ティンガリ・サイクル

ヤラヤラ・ギブス・チュンガライ  「ティンガリ・サイクル」 55cm x 58cm

九州で初のアボリジニアート企画展!しかもいま話題の九州国立博物館での展示ということで興奮もひときわ高まります。ここぞとばかりに秘蔵のプライベートコレクションを一挙大公開。 6月5日、6日には会場でアボリジニアートのセミナーも予定しておりますのでどうぞ皆様お誘いあわせのうえお越しください。楽しみにお待ち申し上げております。

奇跡の芸術アボリジニアート展

―5万年の伝承― Aboriginal Art Exhibition 2010

エアーズロック近郊の岩

ビル・ウィスキー 「エアーズロック近郊の岩」 40cm x 90cm

日時:
平成22年6月1日(火)~6日(日)
午前9時30分~午後5時 [入館は4時30分まで]

場所:
九州国立博物館 1Fロビー
福岡県太宰府市(地図・アクセス

主催:
在福岡オーストラリア総領事館

共催:
Art Space Land of Dreams/(有)スワンバレイインク/ノーザンテリトリー政府観光局

お問い合わせ:
在福岡オーストラリア総領事館 TEL 092-734-5055
(有)スワンバレイインク TEL 0942-46-3220 http://www.swan-valley.net

特別講演会

6月5日(土) ・6日(日) 14:00~15:30 (1時間30分)
会場: 1F 研修室 (入場無料:先着70名) 当日受付
1 部 「15分で分かるオーストラリア」
2 部 「アボリジニアートの魅力」
講師: 内田真弓 (Art Space Land of Dreams)

食物採集の旅

ワランクラ・ナパナンガ 「食物採集の旅」 60cm x 90cm

ブッシュメロン・ドリーミング

ミニー・プーラ 「ブッシュメロン・ドリーミング」 90cm x 122cm

ランピンチャ(聖地)での食物採集

タタリ・ナンガラ 「ランピンチャ(聖地)での食物採集」 60cm x 90cm

皆様、新年明けましておめでとうございます

…と、オレ様ここぞとばかり、ついでにもひとつ「おめでとう」を言わせていただきたいことがある(胸を張って。そして鼻の穴も大きく広げて)

なんと、なんと、この新年号で、オレ様の「裸足のアーティストに魅せられて」の連載がめでたく100回!!を迎えるのであるううううううう。

まあね。それが一体どうした…と言われりゃそれまでであるが、やはりこれまで100回もコツコツと真面目に原稿書いてきたという、オレ様のつつましい努力を、この場をお借りして、ぜひ自分で称えたいと思ってる。

そこで、時計の針がまだ午後3時を差していない真っ昼間から、冷蔵庫の中の冷たい白ワインを開けて、ひとり祝杯をあげている。金がないので、シャンペンなんて高級モノは我が家の冷蔵庫には存在しない。そして、もちろん手酌だ。手酌する人間は出世しないと、周りの人間から以前、さんざん忠告されたことがあったが、自宅で寂しく、ひとりぼっちで起業しているオレ様は、誰が何と言おうと立派な社長なのだから、これ以上出世なんてする必要はひとつもない。だから、毎日手酌で酒をがぶがぶ呑んでいるのである。

ところで…100回というと、おおよそ過去何年間ぐらい書き続けてきたのだろうかと、オレ様の複雑な頭で単純計算をしてみた。すると100回÷12ヶ月=8.3年という数字がひとまず出るが …根っからの怠惰なオレ様のことである。8.3年間も、毎月毎月、欠かさず原稿を提出していたわけがない。いつも締め切りギリギリのその日に、慌ててパソコンの前に正座して、一生懸命ネタを考えているぐらいだから、時折「ごめんなさい! カンニンしてください。今月はどうか休ませてください。いててて…あれ。変だな。急に吐き気をもよおしてきた。ひょっとしてつわりかな」と想像妊娠のふりして、編集長様に頭を下げたことだって1度や2度ではないのだから。

そうなると間違いなく過去通算10年以上は、この「伝言ネット」様とのお付き合いがある計算になるわけだ。これまで実に何人もの人から、 「ドラゴンネットいつも読んでますよ」とか、 「はだかのアーティストに魅せられて、おもしろいですよね」とか、言われ続けてきたオレ様であるが、この際、「竜ネット」でも「素っ裸を見られても」でもなんでいいと思っている。何よりも、この1ヶ月に1度のオレ様コラムを、長いこと楽しみに読み続けてくださっているという方々からの心強い声援が、たまらなく大きな力になっているのだから。どこか見えないところで、オレ様が確実にたくさんの方々と繋がっていると思えることに、ともいえない興奮を覚えるのだから。

そこで今回、100回目の記念すべき原稿を書くに当たって、それじゃあ第1回目は、一体何を書いていたのだろう…? と、ふと思い、てっきり、それを自分のパソコンに保存しているものと信じ切っていたオレ様は、どこをいくら探しても、その第1回目の原稿が見当たらないことに、さぁ大慌て。きっとまた酔っ払って、うっかり削除してしまったのだろうか。(先日、いくら探しても見つからなかった展覧会の招待状が、数日後、冷蔵庫の野菜室から出てきた事実あり)それとも10年前となると…当時は、オレ様がまだうまくパソコン使えなくて、もしかしたら手書きでファックスで原稿送ってたか??? なんてことも十分に考えられる。恐ろしい。10年前の記憶が、おもしろいように飛んじまっている。

しかし、今でも鮮明に覚えていることがある。当時、そうそれは10年前のことだ。メルボルンの市内のアボリジニアートギャラリーに、日本人スタッフとして勤務をしていたある日、ちょっと小柄の1人の日本人男性がギャラリーのドアを開けて、ぬぬぬぅぅぅーっと入って来て、オレ様にこう話しかけたのだ。 「あのぉーー。僕、メルボルンで『伝言ネット』という月刊誌を発行している者なんですけどぉーー。もしよければ、アボリジニのことについて、ちょっと原稿を書いてもらえませんかねえ」と、いきなりこうだ。

「んんんまぁーー! お声をかけていただいて、どうもありがとうございます。でもなぜ私が?」とオレ様、心の中では「このあんにぃ、一体ナニモノだ?」と怪しく思いながらも、いつものインチキ営業スマイルで少し様子を探る。すると、大きな黒いちょっとボロボロになっていたカバンから、そのアンニィが取り出してオレ様に見せてくれたものは、ピンク色したペラッペラの4枚つづりの、これまで見たことがない冊子だった。表紙には変わった字体で「DENGON NET」と書かれていた。

「…はぁ?」

オレ様は、その時点でも、いまひとつ状況がつかめず、ちょっと不思議そうな顔をしてみた。もちろん、インチキ営業スマイルは忘れずに。その後、どんないきさつが我々の間に交わされたのか、正直よく覚えちゃいないのだが、結局オレ様は当時、誌面を通して、オーストラリアの先住民が持つ深遠なる文化とその歴史、そして彼等の稀に見るユニークなアートをメルボルン在住の日本人の皆様に、1人でも多くご紹介をしていきたいという、たったそれだけの願いから、この伝言ネットの連載を始めることにしたことは間違いない。

 たかが10年。されど10年。この10年間で、実に様々な変化が訪れた。いまやインターネットというテクノロジーのおかげで、オレ様のこのコラムが、世界中の人々に読んでいただける環境となったのだ。そう。だから今度は、メルボルンだけではなく、世界中の見知らぬ方々から、たくさんのメールをいただく機会に恵まれたのである。

そして、昨年は、この記事を読んだという日本の出版社から、「本を出してみる気はありませんか?」との申し出を受け、あれよあれよという間に、今度は本を出版するまでに至った。「夢の印税生活。老後はこれで悠々自適さ」の夢もはかなく、どうやらこの本、原稿執筆にあれだけ苦労したにもかかわらず、ちっとも売れていないようだ。今頃は、きっと出版社の倉庫にホコリまみれのまま、山積みされてスヤスヤ眠っていることだろう。そのうち焼却処分になっちまうことだろう。そうならないうちに、さっさと自分で買い取った方がいいのかなあ。ため息ついて貯金の残高を確認するオレ様、これだけは10年前とちっとも変わっちゃいないようだ。

そもそもオレ様が16年前にオーストラリアへ来なければ… アボリジニアートに出会っていなければ…そうなると当たり前だが、全く違う人生を送っていたはずだ。

初めてこの広大なオーストラリア大陸に足を踏み入れた 1994年。オレ様は、ボランティアの日本語教師として、当時、人口わずかの小さな小さな村に派遣をされた、たった1人の日本人だった。到着するやいなや、たどたどしい英語の単語を一生懸命並べて、ホストファミリーへ一生懸命に自己紹介をした。すると、「よし、今日は日本からのゲストが来たから、久し振りに夕飯は外食しよう!」とホストパパが気を遣ってくれたのか、そんなことを言ってくれた。年に何度も外食をしない子供達は、もう喜びのあまり、気が狂ったといわんばかりに家中を駆け回っていたのを、今でもはっきりと覚えている。そして、その晩、連れて行ってもらったのが、隣町のマクドナルドだった。

さすが世界のマクドナルドだ。こんな田舎町にもちゃんとあった…なんて、そんな感動するわけない。何たって、オーストラリアに来て、オレ様が一番最初に口にする夕食なんだぞ。「食べきれないほどのジャンボステーキ」とか、「ガイド本に載っていたフィッシュアンドチップス」とか、一応それなりに想像したいではないか。

「何でも好きなものをお食べ」と、今にも入れ歯がはずれそうなしゃべり方をするホストパパ。本当は腹ペコだったので、ビックマックを2つほど注文したかったが、当時まだ遠慮という奥ゆかしさというか、恥じらいを持っていたオレ様は、小声で「じゃあ、フィレオ・フィッシュお願いしまちゅ」と、もじもじしながらそう答えた。

「ほほおーー・オーストラリアに来て、すぐにフィッシュが食べたくなるのか。やはり日本人だなあ。おや? すでにホームシックかい?」と笑った拍子に、今度は本当に入れ歯がはずれそうになったホストパパのあの顔は、オレ様、今でも決して忘れてはいない。

それにしてもオレ様、どうして記念すべきこの100回目に、こんな昔のことを書いているのだろうか。どうやら手酌の白ワインが随分効いてきたようだ。

結局何が言いたいかというと、まったくひょんなことから南半球メルボルンに来ることになったことから、自分の人生が180 度ひっくり返り、そこから自分の人生のシナリオを一生懸命書きなぐってきたということだ。シナリオでの主役は、オレ様。しつこいようだが、社長も兼任している。今後も、ますます手酌の機会が増えそうだ。

またまたアボリジニ村へ行ってきた。今回はいつもより少し長い滞在となった。これといった娯楽施設があるわけでもないアボリジニ居住区で、オレ様が一体何をして毎日を過ごしているか、皆様、ちょいと、ご興味ありませんかね?

まあ、そんなもん関係ねーやと言われれば、それまでではありますが、それでも勝手に書き綴らせていただきまする。中年オンナは人の話を聞かなくなるというのは、どうやら本当のようだ。アボリジニ居住区では、いつ誰とどれぐらいの期間滞在するかによって、毎回することが異なるのであるが、今回はたった1人で(最近はほとんどそうであるが)訪問したため、何の制約も責任もなく、やりたいことをやりたいときにやりたいだけ自由にできた、実に快適な毎日だった。

さて、そんなことは言ってもだ。好きな洋服が買えるショッピングセンターや、とびきりおいしいカクテルを出してくれるお洒落なバーがあるわけでもない、ましてや携帯もインターネットも繋がらない場所でオレ様が「やりたいこと」って一体なんだ?

たいてい、アボリジニ村滞在中のオレ様は、腕時計をはずしている。別に重要なアポイントがあるわけでもないので、時計の必要性はほぼ皆無だからだ。それどころか、日頃、「時間」に縛られているオレ様には、時計なしの生活は、このうえない解放である。 アボリジニのおばちゃん達と狩りへ行く時だって、「いつ行こうか?」というオレ様からの問い掛けに、せいぜい「モーニングタァァァイム(午前中)」とか「アフタヌゥゥゥゥゥゥゥゥーン(午後)」の返答が返ってくるだけだ。 「モーニングタイム」と言われても、それが午前8時なのか11時20分なのかは、誰も問わない。それゆえ、おいていかれちゃぁ、さあ大変! とオレ様、出発は今か今かと、彼等の様子を始終探っている。電信柱の影からじーーーっと、しかも何気なく張り込むオレ様。その姿は、まるで日本の写真週刊誌のカメラマンのようだ。

そう、だからアボリジニ村では、時間によって自分の行動が制約されることはまずない。 はじめのうちは、そんな生活に大きな戸惑いを覚えたオレ様だったが、それも段々と慣れてくるもので、慣れてくるどころか、快感にさえなってくるのだから不思議なものだ。そういえば一度、こんなことがあった・・・。 日本の知人が、どうしてもアボリジニ居住区で、しばらく生活したいというので、一緒に連れていったところ、「さあ、もう12時だからお昼ご飯にしましょう」と言うので、「お腹が空いたんですか?」とオレ様は何気なく聞いてみた。すると「いや、特に。でも我々の職場では、いつも12時がメシ時なんでね・・・」と、だから今日も当然そうしなければならないんですよ、みたいな空気をいっぱいかもし出しながら、その知人は言った。

ほほぉ~。人間の習慣というのは怖いものである。こうして日常のルーティーンで、無意識に「やらねば」という観念に捉われてしまうんだからね。しかしながら、ここは真っ赤な大地とうっそうたる木々があっちにもこっちにもあって、360度地平線が見事に見渡せる、オーストラリアの砂漠の、ど真ん中なのである。野営便所で用を足すのである。うっかりするとヘビにおしりをがぶりとやられるところなのである!!! だからこそ「ここではいつも習慣でやっていることを思い切って全部無視してみませんか。頭で考えるのは、この際やめてみましょうよ。“こころ”と“からだ”がありのまま欲することに従って自然にいきましょう。大丈夫。大丈夫。おもしろいじゃないですか。チャレンジですよ! チャレンジ」と、何だか深層心理カウンセラーになったかのような、オレ様の発言に、友人はやや怪訝そうな顔をしながらも何とか賛同した。

まぁ、時間の概念も習慣も、このアボリジニ居住区では、これまで自分が抱いていた勝手な「定義」がおもしろいように崩れるのだが、それを自分がいかに楽しめるかどうかが、そこでの滞在充実度を大きく左右するのだと、オレ様は10年以上この居住区に通って痛感している。これ、絶対ほんと。 だから、アボリジ二居住区では物質的な遊び道具がなくてもこうして「自分の価値観ギャフン度」なんていう、いい加減なテーマを作って、毎日それはそれは楽しく過ごせるのである。

そもそも価値観というのは、幼少の頃からの自分を取り巻く環境に、とても大きく影響されるとオレ様は思っているが、このアボリジニ居住区で暮らすチビッコ達と一緒に遊んでいると、実に彼等の心が透明だということに気付かされる。とびきり丸くて大きな瞳で、じぃーーっと見つめられると、オレ様はもうメロメロになっちまうのだ。彼等の価値観は、今後どのように培われていくのだろうか。 「おい。ナカマラ(オレ様のスキンネーム)! おまえ、ジャンプできるか?」と尋ねられれば、「はい。はい。何度でも」と言われるままにピョンピョン跳ね続けるオレ様。それにしてもなぜジャンプなのだろう…? いやここではそんなムズカシイ理由を追求するのは邪道だ。だからオレ様はピョン、ピョンとひたすらジャンプを続行した。

思い起こせば以前、オレ様はイモムシ狩りの途中、熱射病で干し上がって、熱でしばらく動けなくなり、ウンウンうなされたことがあった。その時、アボリジニ村中の子供達が次々とお見舞いに来てくれて、口々に「ナカマラ、大丈夫か。苦しいか?」、「何か欲しいものはあるか?」、「もうこの村が嫌いか? 帰っちゃうのか?」と言いながら、とても心配してくれた。中には、緑色をしたアリを「これを食べれば良くなる」と、見舞に届けてくれた子もいた。オレ様、今まで赤い色をした蜜アリは食べたことはあったが、緑色のアリはまだ一度も口にしたことがない。どう見ても栄養があるとは思えない。かなり躊躇した。ひとつつまんで(その時点では、まだアリ様は生きていらっしゃった)、とりあえず口元まで持っていってみたが、やっぱりダメだと断念し、オレ様はしばらく死んだフリをした。咄嗟に考え付くことが「死んだフリ」だとは、何と乏しい発想なのだろうと自分でも呆れ返ったが、緑色のアリを食べるよりはまだいいだろうと一生懸命死人になり切った。

そんなこんなで、アボリジニ村での楽しい過ごし方は、実にたくさんあるということをご理解いただきたい。

現状に満足を覚えられず、何か新しいものを模索したくて、うずうずしている皆様よ! たとえあっちこっちへと遠回りをしてもかまいませぬ。まずは「何か」新しいことをやって、思いっきり「ギャフン」と言ってみようではないか。そうすれば、そこから必ず、新たな発見があるはずだからね。

何はさておき緑色のアリを食べたことのある方、お便りください。お待ちしております。