大阪珍道中 その2
いやはや。はるばる8,000kmの海の向こうから、エミリー・ウングワレ展覧会の特別ゲストとして招かれたアボリジニの女性画家、バーバラ・ウィアとグロリア・ペチャラと共に過ごした日本滞在1週間。
気温40度の砂漠から、いきなりマイナス1度の大阪へ旅立った我々3人は、窓の外からチラチラ舞う雪を見ながら、熱々のミルクティーを毎日ドンブリで4~5杯飲みながら、実にいろいろなことを語り合った。
ご存知の通り、白人との混血であるバーバラは、幼少の頃当時の豪州政府の政策によって親元から強制的に引き離され、その後をずっと白人社会での生活を余儀なくされたおかげで英語がとても流暢である。したがってオレ様も通常、彼女とは英語でやりとりができるというメリットがあるわけだが、人生の大半を砂漠のブッシュで、しかも自分の言語(アマチャラ語)だけで育ったもう一人のグロリアは、なかなかそうはいかない。
それでも、こちらの言う英語は随分理解をしてくれているようだが、彼女から発せられる英語の単語はそうそうあまり数多くないので(しかもとても強いアクセントがある)、その都度、オレ様は「今、彼女が意図していることは、これこれこうなのかもしれない…」と、いつも様々な想像をめぐらしているのである。
もちろん、それはあくまでもオレ様の想像でしかないゆえに、時折100%間違っていることがあるのは当然だ。…というかほとんどがそうだ。
それでも本音と建前を上手に使い分ける我々日本人社会とは違って、アボリジニの人々は、嬉しい時には転げまわって大笑いするし、悲しい時には人目もはばからずに大声で泣きじゃくるし、逆に怒っている時には顔をマッカッカにして怒鳴り散らす…という、とても真っ直ぐな人達であるゆえ、彼女達の感情を理解するのは意外と容易であると、オレ様は思っていた。
おまけに「人間同志のコミュニケーションは、決して言葉だけではない!」と日頃自負しているオレ様である。だってそうでもしないとアボリジニの人々との10年以上にもわたる交流は全く不可能であるからね。
だから英語を共通語としないグロリアとの会話だって、それほど支障をきたすことはないだろう…と過信すらしていたのだが、やはり日々の普通の会話が思うように成り立たないという現実は、お互いのフラストレーションを増長させる要因でもあるということを、今回随分学習したものだ。
グロリアは、とにかく腹が減ると途端にご機嫌ななめとなる。その時がたとえ国立美術館の館長との大事なミーティングの真っ最中であろうが、東京の地下鉄銀座線の中であろうが、いかなる状況下においても、まずは自分の腹を今直ぐ満たすということを何よりも優先とする。満たされなければ、すぐにオレ様をギロリとにらんで、「腹減ったから何か食わせろ」攻撃になるのである。
だからオレ様はいつも彼女の満腹加減をうかがいながら、その日のプランを立てる必要があったのだ。
著名な画家ゆえ、グロリアはこれまで世界各国を展示会の為にあちこち回っている。ロンドン・パリ・ニューヨーク・インド・スコットランド・アイルランド…国名を挙げたらキリがない程だ。
そんな中で、今回初めての訪問となった日本。何よりも食うことを重んじる彼女ではあったが、どうも日本の食事が今一つ口に合わないというではないか。…ふむむ…こりゃ、困ったぞ。そこで、雪がチラチラ舞う極寒の中、オレ様は何度コンビニまでダッシュをして、彼女の好きそうな食材を調達しに行ったことだろう。いいですか? ダッシュですよ。ダッシュ!! そんなの高校時代の部活動以来ですよ。ほんとに。
息をぜーぜー切らしながら、滞在先であるウイークリーマンションに戻って、テーブルいっぱいにのせきれない程の食事を用意したにもかかわらず、「日本のパンは甘すぎて食べられない」とか、「このフライドチキンは鶏肉の味が違う」とか、「オージービーフも子牛は変なにおいがするから食べない…」とか、もうああでもない、こうでもない、と文句を言って、ちっとも手をつけようとしないのだ。
食べなきゃ、腹が減ってまたご機嫌ななめになる。そうなるとオレ様をまたギロリとにらんで文句を言う。
こうなったら、これまで全く口にしたことのない食事を体験させてしまおうではないか! と考えたオレ様は、大阪市内で友人の母上様が経営されているという老舗中の老舗である「お好み焼き、ぽん太」に、バーバラ・グロリア、その他大勢をを連れてお邪魔したのであった。
そこはカウンター10席のみの、まさに家族経営のフレンドリーなお店。とにかく気のいいママさんが、我々の目の前で、その日に仕入れた新鮮な食材をふんだんに使ったオリジナルメニューを、これでもかという程、披露してくれる粋なレストランなのだ。そこへ一度行ったお客様はたちまち常連になってしまうらしい。
するとどうだろう。これまで「あれがヤダ。これがヤダ」とずっと言い張っていたグロリアが、ママさんの作る手料理のオンパレードに、どれもこれも舌鼓を打ち、とにかくこれでもかという量を平らげたではないか。バーバラも「おいしい。おいしい」と言って、目の前の鉄板から手づかみでジャガイモをほおばる。これにはオレ様も、さすがにおったまげたもんだった。
チャキチャキ関西人のママさん。そんなグロリアとバーバラの食べっぷりを喜ばないわけがない。…というか、あの嬉しそうな2人の顔を見ただけで、オレ様は「食事こそ我々に言葉はいらない。最高のコミュニケーションだ!!!」と確信できたのであった。ママさんには頭が下がる思いである。
見知らぬ土地で、見知らぬ人達と、見知らぬ食事を毎日とるということが、どれだけ2人のストレスになっていたことだろうか。考えてみれば、これは普段、オレ様が砂漠のアボリジニ居住区へ赴いて毎日、トカゲだー、アリンコだー、イモムシだー、って彼等のご馳走を食するストレスと全く一緒なんだよね。隠れてこっそり「赤い○つね」「緑のたぬ○」を食べちゃいたい心境になるのと全く同じ。
人間、食事からホームシックにかかるというのは、まさに本当の話なのである。
そんなこんなでグロリア、バーバラの日本での食事には手を焼いたオレ様であったが、それでも彼女達が楽しそうに日本を満喫してくれている姿を目にするのは、このうえなく嬉しいものであった。
それでも、デパートでいきなり消息不明になる2人である。もちろん携帯電話も持っていないゆえ、あの人混みで見失ったらそれこそアウト。はい、さようなら~~~ではないか。
とてもオレ様一人では手に負えないことから、あっちこっちの友人達にSOSの緊急招集をかけ、それぞれを密着でアテンドしてもらって、無事に買い物を済ませたという、涙ぐましい物語を繰り広げたのである。
お世話になった皆様方、本当にありがとうございました。
これに懲りず、5月末に開催するエミリー東京展の開会式にも再び我々来日しますので、ぜひともご一緒させてくださいな。ね、ね、いいでしょう? というわけで、大阪での日本滞在ハプニング報告がまだ全部終わらないうちに、オレ様は次の東京展にいったい誰を来日させるべきか、日々頭を悩ませているのであった。