念願であったアボリジニの天才女性画家エミリー・ウングワレーの展覧会日本開催が、いよいよ実現するときがやってきた。しかも、会場となるのは、東京で今最も熱いスポットととして注目を浴びている国立新美術館。オレ様の豊満な胸の鼓動が、ひときわ大きく高鳴る。

開会式への正式な招待状をオーストラリア国立博物館より受け取ったオレ様は、例によってアボリジニの画家を2人ほど来日させるべし、とのご使命を受けた。そう、エミリーの親族であるアボリジニの人達が、開会式の特別ゲストとして日本へ招かれるという大イベントなのである。人選はすべてオレ様任せ。こりゃ責任も重大だ。

最初は3人の来日予定だったのだが、途中で「予算が足りないから一人カットね」とお役人様がそうおっしゃってきたので、オレ様は素直に候補者を3人から2人に絞り、早々に日本滞在の計画を立て始めた。

先月号でご紹介をしたジェニーちゃんと、アナちゃん。残念ながらパスポートが期日までに間に合わず、今回は泣く泣く日本行きを断念することに。

そこで、代わりに日本行きのチケットを手に入れたのは、普段、街から数百km離れている小さなアボリジニ居住区(人口10人程度)で暮らしている女性画家、トリーザ嬢。彼女は数年前に、個展でヨーロッパへ行った経歴があることから、パスポートをすでに持っていた為、話が早かった。しかも、今回一緒に来日をするもう一人の画家、バーバラの実娘でもある。親子で一緒に来日となれば、オレ様もそれほど過度の気遣いは必要ないであろう。いつものように、そう勝手に自分に都合良く暗示をかけて、2人の日本行きをサポートすることに。

しかしながら、初来日となる娘のトリーザが、実は糖尿病の持病持ち。うーーん。そうなると道中がやや心配ではあるが、「自分でケアが十分にできる」と本人がそう言ったのでGOサインを出した。

すると母親であるバーバラが、そうっとオレ様に耳打ちするではないか。「ナニナニ…」と話を聞いてみると、アボリジニの社会ではこのような機会に、つまり第3者が居住区からはるか海を越えた海外へ、アボリジニを連れて行った場合のことだ。万が一、当人に何かアクシデントが起こったときには、その当人を連れ出した者、つまり今回のケースではこのオレ様に、どうやら重大な責任が負わされるという。だから十分に気をつけろというのである。

具体的に何をされちゃうのか、とバーバラに訪ねると、いやはや…オレ様はまずスッポンポンの全裸にされ、見渡す限りの地平線の大地に一人ぼっちでしばらく立たされ、その後、あっちからもこっちからも先のとがった槍のようなものが、オレ様目掛けて飛んでくるんだって。「これ、脅かしじゃないよ」って、バーバラがいつになく真剣な眼差しでオレ様を見つめる。や、やめてくれ。そう思いながらオレ様の脳裏には、砂漠のど真ん中で、すでに裸体で血だらけになっている自分の姿が、はっきりと想像できたのだ。

こんなとんでもないリスクを負ってまで、オレ様はアボリジニの人達を日本へ連れて行く度胸が、いったいどこにあるというのだ。

オレ様はすぐに、キャンベラの展覧会担当者に電話をして事情を話し、この件に関して、まじめにおうかがいを立ててみた。すると「大丈夫よ。みんなには、ちゃんと保険をかけているから。そんな話なんて信じちゃだめだめ。あなたなら心配ないわよ。おほほほほほ」といかにもお気楽なのである。

何が「おほほほほ」だよ~。頼むよ~。オレ様が血だらけでヤリ攻めになったって、どうせお役人様にとっては他人事だよな。旦那も子供もいないオレ様が、あの世に逝ったって、悲しむ人は親兄弟だけだと思っているに違いない。

よし、いいだろう。やってやろうじゃないか。オレ様だって男だ(←えっ? いつからだ?)。こうなったら目ン玉くり抜かれようが、前歯を砕かれようが、オレ様はアボリジニと一緒に日本へ行くぞ!!!

………というわけで、しっかり者のオレ様は、事前にきちんと遺書を作成して、トリーザとバーバラとともに東京へ出発した。

それにしても娘のトリーザ、糖尿病というだけあってかなりの体格だ。どう見てもエコノミー席の座席にお尻が入りそうにない。

そこでチェックインの時に、「トリーザ、演技。演技。具合の悪いフリして。今直ぐ。ゴホゴホ咳き込んでりゃいいから」と、残された命ももうあとわずかだと腹をくくったオレ様に、もはや怖いものは何もない。うそつき呼ばわれされたって構わないのだ。

ひどい風邪をこじらして咳き込むトリーザの隣を空席にしてもらえば、彼女は2席つぶしてちゃんと座ることができるというわけだ。

作戦成功! 主演女優賞なみのトリーザの迫力満点の咳き込み演技に、チェックインカウンターのスタッフは恐怖すら覚えたらしく、「医師の診断書はあるのか」なんてことまで聴いてきた。

結局、2席ではなく3席分を確保したトリーザは、糖尿病用の薬をいっぱい機内に持ち込んで、快適な空の旅を十分楽しむことができた。

それにしてもこの糖尿病患者、ものすごい食べっぷりだ。日本滞在中は、珍しいタベモノすべてに興味津々。レストランではいつも2人前を注文していた。

それでも毎朝、自分で血糖値を検査し、夕方には忘れずにインシュリンの注射を太ももに打つ彼女。買い物に狂っている時でも、注射の時間になると、ところかまわず太ももにブスリと注射。さすがに手馴れたもんである。

買い物といえば、今回初来日の彼女が一番興味を示したのが、日本のアニメグッズであった。子供達へのお土産というのが当初の名目であったが、実は自分があれこれ欲しかったようで、連れて行った秋葉原の店内では、あれもこれもと手当たり次第、買い物かごいっぱいにアニメグッズを詰め込んでいた。

地下鉄を歩いていても、アニメポスターを見つけると、直ぐさま記念撮影。電車の中では、隣の席の人が読んでいるマンガ本を興味深くのぞき込み、何度も怪訝そうな顔をされたもんだ。

普段、スーパーも映画館も何もない辺境地帯(何しろ牛乳一つ買うのに、30km運転しなければならない環境だからね。しつこいようだが、人口もたったの10人)で暮らす彼女である。「日が暮れる頃には、することがないので、いつもさっさと寝てしまうよ」と言っていた。

そんな彼女に、東京の昼間の高層ビル街、夜の怪しいネオンの繁華街、いつも満員の通勤電車の光景は、いったいどのように映ったのであろうか。

彼女はしきりに「まるで自分が、映画のセットの中にいるようだ。とてもこれが現実とは思えない」と、オレ様にそう言っていたのがとても印象的だった。

さあ、そんなトリーザの日本滞在記。果たしてオレ様の命は無事なのか。それは来月号のお楽しみとさせていただこうではないか。