レンタカーを見事にぶっ壊しながらも、何とかして砂漠の女王様との再会を果たすためやっとの思いでたどり着いたアボリジニ村。そこはアリススプリングスから延々4時間半のドライブが必然である、まさに砂漠のど真ん中。再会までの長い長い道のりであった。

途中、予期せぬ事故のために予定よりも大幅に遅れて到着した我々3人は、取りあえず自分たちの車でそのままアボリジニ居住区内をゆっくりと一周してみることにした。一周といってもそこはものの15分ほどであっという間に周れてしまう規模の小さな居住区だ。さすがにあたりはもう夕暮れで薄暗くなってきていたので、肌の色が黒いアボリジニたちが私にはみんな同じ顔のように見えてしまいそうだった。トプシーとリネットはどこだろう? 村のアボリジニたちにとって外からの訪問者はいつだって興味津々……見慣れないレンタカーに乗った我々の周りにすぐさま駆け寄って来る。私にとってこれで一体何度目となったであろうアボリジニ村への訪問は、さすがに顔見知りになったアボリジニの友人・知人が村の中にたくさんおり、私の姿を見てみな遠くから大きく手を振ってくれるではないか。中にはピョンピョン飛び跳ねて歓迎のダンスまでしてくれる少女の姿もあった。これってたまらなく嬉しい。

そんな中不意に車の窓からひょいっと顔を覗き込んできてニンヤリ笑うオヤジさんもいる。どさくさに紛れて私の手まで握ってくる。でも男性に手を握られるのなんて久しぶりなのでちょっと嬉しい。

そういえばこのおっちゃん……よく見かける顔であるが誰だったかな。どうも名前が思い出せない。チャーリーだったっけ? いやデイビット? 鼻毛が見えるほど顔を近づけられて戸惑う私。私の毛穴も彼に見られているのだろうか。そしてこのおっちゃんには前歯がない。結構迫力ある表情だ。彼は私の手ばかりではなく腕までもむんずとつかみ、その手がそのままエスカレートして今度は私の豊満な胸に伸びてきて……なんて話はあまりにも作りすぎ。彼はそんなハレンチではない。ただ馴れ馴れしいだけだった。「おー! ナカマラ。(これは私のアボリジニスキンネーム。このアボリジニの親族システムを説明するのは少々ややこしいのでそれはまた今度)オマエ、またやって来たのか。オレのこと覚えとるか? オレはオマエの旦那だ。チャパチャリだ。今度は誰を一緒に連れてきた? トプシーとリネットが今日お前らが来るのをそれはそれは楽しみにしていたぞ。チャポン(JAPAN)はとんでもなくすごいところだったらしいじゃないか。オレ様をいつ連れて行ってくれるんだ。ところでナカマラ! 40ドル持ってないか。あったら今すぐオレにくれ!」とかなり一方的に語りかけてくるこの歯なし男、しかも私の旦那と名乗る男だ。私としたことがいつの間に結婚をしていたのだろうか。自分のことであるのにまるで記憶がない。もしかして前回酔っ払ったあのとき……? いや、前々回のあの儀礼で……?? いやそれとも白昼の車の中か……???

それにしてもなぜ私の旦那と名乗るこの歯なし男が欲しがる金額は、いつも40ドルなのだろう。妻である以上そこのところをはっきりしておかねばならない。彼には必ず毎度お金をせびられるのであるがそれが50ドルでも100ドルでもなく決まっていつも40ドル。今度いつか2人きりになって夫婦の会話でこの謎を探ってみようと思うがいかがだろう。

さて、さっきの私の旦那と名乗る歯なし男が言ったように、昨年10月にこのアボリジニ村からトプシーとリネットが日本へ行ったことは、もはや村中の大ニュースになっていた。この村にははっきりいってプライバシーというものは存在しない。従っていつ、誰が、誰と、何を、どんな風に、ああやって、こうやって、こんなことまでしちゃった……ということがたちまち村中のすべての人間に分かってしまうというわけだから、アボリジニ村訪問をいつか予定されている読者の皆様、十分ご注意あそばされたし。メルボルンでは独り暮らしを楽しみ、隣に住む住人の顔さえ知らない私の生活からはまるで想像がつかない生活だが、何だかこんなふうに“みんなで一緒に暮らしている”といった大家族的な暮らしも案外いいものなのかもしれない。

念願の再会を心待ちにしていたトプシー・リネットは我々が村に到着をしたことを聞きつけすぐさま会いに来てくれた。熱い抱擁を交わし再会の涙を流している真っ只中に、耳元でトプシーから「シャンプー、帰りに置いていけ」との冷静な指示あり。物質社会ではなく精神社会であったアボリジニたちも時代の流れによって暮らしぶりは大きく変化した。シャンプーちゃんと置いてくからもうちょっと泣かして……とつぶやく私であった。

来日中はトプシーとリネットに、できる限り日本を満喫してもらうべく場所へあちこち案内をした私たちが、今度は彼等のホームグラウンド・砂漠のブッシュで彼等から歓待の案内を受ける番となった。もちろん“狩り”以外のなにものでもない。あのだだっ広いブッシュの中の大地をひたすら何時間も何時間も歩くことは、自然と自分が一体になることだと彼女たちは口を揃えて我々に言う。大地を理解するということは、まず自分の足でその大地を踏みしめて感じることなのだ。おまけに狩りはイモムシ・蜜アリ・カンガルー・トカゲとチョイスは様々だと自慢気に砂漠の女王たちは言うではないか。今回は取りあえず日本からのゲストを連れてきているので、まずは“初心者コース”でお願いしますと頭を下げた。

これまで何度か蜜アリ狩りの経験のある私は興奮に胸を躍らせた。しかし初心者2人は「ええぇぇーーっ!!!アリなんて食べんのー?信じらんなーい」と意気地のないセリフを吐きながらもしぶしぶ同行。トプシー・リネット・ナープラの3人を乗せた我々は、蜜アリ狩りのために道なき道をブッシュの中へと消えていった。それにしても本当に道のないところを彼女たちの案内で目的地へ迷うことなくちゃんと到着できるのは、まったく見事であった。これは東京都内の地下鉄を私がグイグイ乗りこなせるのと一緒なのかな。

焼きたてカンガルーのしっぽを丸かじりした。特に気温40度近い砂漠のど真ん中でいただく味は、まさに格別でとてもワイルドな気分になる。インスタントラーメンを鍋ごと「アチチチ」なんて言いながら食べるときのあの野性味溢れた感覚に、どこか似ていると思えるのは私だけではないはずだ。美味しそうに脂ぎったしっぽをガブリとかじるトプシー・リネットは誰よりも凛々しく見えた。

日本での浴衣姿の彼女たちも確かに美しかったが、夕陽に照らされた真っ赤な大地の上に腰を下ろしてひたすら土の中を掘り続けるトプシー・リネットの姿はその何倍も美しかった。