21世紀のアボリジニ
先日、こんな体験をした。ある食料品店に買い物に行ったときのことだ。そこの店主とはまあ、行けばいつもひと言ふた言世間話程度の言葉を交わすことはある。彼には私が普段どんな仕事をしているのかは以前話したことがあった。
そこで決まってその店主から毎度聞かれることが「何でオマエさんみたいな日本人の若い娘(これは勝手な私のイマジネーションだと思う)が、“アボアート” なんてやってんだろうねえ?イイ金になるんかい?」ってこと。「まあ、失礼ね。このハゲ出っ歯オヤジ。私は純粋にこのオーストラリアのアボリジナルアートを愛しているのよ。それだけよ。」と鼻の穴を大きくしてムキになって答える。私はこの“アボアート”と言われるのがこのうえなく嫌いなのである。まったく持って白人側の勝手な差別用語だと確信している。
すると、そこへ常連と思われる女性買い物客が会計をするために私の横のレジに並んだ。彼女は私を見るなり「あら、あなたのそのネックレス素敵ね。どこで買ったの?」と言って顔をぐっと近づけて来た。「ああ、これね。これは私の友人のアボリジニの女性がブッシュで採れる木の実で作ってくれたものなの。私のお気に入りなのよ。」と少し得意げにそう言うと、すかさずハゲ出っ歯オヤジがしゃしゃり出てきて「おいおい、聞いてくれよ。このジャパニーズガールがなぁ…。(最近ガールと言われることもあまり…というかほとんどなくなったので一瞬顔がほころぶ。)何の仕事してるか知ってるか?“アボアート”だよ、“アボアート”!信じられねーだろ。それでもってよ、ブッシュに行ってイモムシなんてじゃんじゃん食ってんだぜ。そんな風には見えねーけどな。オレ様はやだね。できないね。」 ……言っておくが普段温厚なこのジャパニーズガールもこのときばかりはさすがに立腹した。そう、腹が立ったということだ。近くにちゃぶ台というものがあったら間違いなく立てひざついてひっくり返していたはずだ。
「ちょっと、ハゲ出っ歯オヤジ!あなたはアボリジナルアートについていったいどれだけ理解しているっていうの。美術館に行って彼等の芸術を一度でも鑑賞しようとしたことがある?少しでも本を読んだことがある?何もわからないくせに私がいかにもキチガイじみた変なことをしているような言い方しないで頂戴!!きぃぃぃぃぃ~~!それにね。言っときますけどねぇ、私はイモムシだけじゃなくて大トカゲも食べるのよ。地鶏みたいで美味しいの。黄色いブヨブヨした脂肪なんて舌の上でこう…溶けていってまさに大トロなんだから。」興奮のあまり私は声を高らげてそう言い放ち、足早に店を出た。こういった出来事は実は初めてではないのでそのたびに私はひとり興奮とともにあれこれ様々なことを思うのである。
オーストラリア先住民アボリジニは一般の人々にいったいどういった印象を持たれているのか。いや、与えているのか。政治的な絡みなどを考えると私も安易な発言は控えるべきだし、私は私自身の目で捉えたことだけしかやはりわからないのが事実である。
現在、オーストラリアには人口およそ25万人と言われるアボリジニたちもそのほとんどは混血でいまや全体の8割は我々と変わらぬ都市生活を営んでいる。肌の色は白人と変わらないし髪も金髪で少なくとも外見的には“アボリジニ”に見えない人々が実に多いのが現状である。そんな彼等は自分たちの固有の言語もとっくに忘れ、部族間での伝統的儀式などは知るすべもない。それでも白人の中にはまだまだ「アボリジニは黒くてブッシュで裸で暮らしている人たちさ。」なんておかしな偏見を持った人が意外と多いのだからまったく困ったものである。
これまで誌面にも数々登場してきた私の喧嘩友達、アボリジニ画家のバーバラも混血である。母親が純血のアボリジニ(とても有名な画家・ミニープーラである)で父親がアイルランド人だ。父親の顔は知らないとバーバラは言う。そんな彼女は少女時代自分がアボリジニであることをずっと隠していた時期があったと私に伝えた。肌の色が褐色なのは「私はインド人だから」とまわりには嘘をついていたらしい。なにせ当時アボリジニであるということは「酒におぼれた仕事もしない怠け者、一日中路上にたむろしているだらしのない人」としての固定概念を勝手に植え付けられ、それゆえに定職にも就けずレストランやパブからも追い出されていた、そんな時代が確かにあったのであるから。
そんなアボリジニたちの意識を大きく変えたのは1967年の国民投票の結果だった。これによってアボリジニはオーストラリアの市民として正式な権利を初めて付与されたのだ。まだわずか35年前のことである。だがそれ以来、これまでのようにアボリジニであることは“隠すべきもの”から“差別に抵抗する根拠” として大きく変わっていったのである。
シドニーオリンピックで一躍アボリジニの名を世界中に広めた400メートルランナー・キャシーフリーマンは陸上選手として、またバーバラはオーストラリア国内はもとより今や海外でもコレクターが注目し、あちこちから個展のリクエストが絶えないアボリジニの画家としてそれぞれ“アボリジニ”であるためのアイデンティティを立派に主張している。
前述のハゲ出っ歯オヤジを機会があればいつか砂漠のど真ん中におっ放してやろうかと思っているがいかがであろう。そうすれば、オヤジには私が言わんとしていることが少しでも理解できるのではないかと勝手にそう判断した。一見、何もないただのだだっ広い広大な砂漠がアボリジニにとっては自分の自宅の庭のようなものでそこにはいつどこへ行けば何があり、どんな獲物が捕れるのか実に明確に頭の中に叩き込まれている…そんなカッコイイ人たちからハゲ出っ歯オヤジにはぜひ“生きるため”の知恵を存分に学んでいただきたいのである。