今月号のこの記事を皆様にご覧いただいている頃、恐らく私は日本でアボリジニのおばちゃんたちと東京見物をしていると思われる。そう、今回は2週間にわたって東京表参道のギャラリーで開催するアボリジナルアート展に向けての来日なのである。出発前に多くの友人・知人から「がんばってきてね」「あなたにしかできないことだから」「それにしてもよくやるよね」「途中でぶッちぎれてアボリジニのおばちゃんたちを地下鉄ホームなんかから突き飛ばさないでよね」なんていう激励注意のお言葉をたくさん頂戴して私はこのイベントに大きな興奮とともにのぞんだ。

これまでアボリジニの画家を日本へ連れて行った経験は幾度もある。しかし、そのとき同行したアボリジニの女性は英語も流暢で現代社会にどっぷりと染まっている、つまりコミュニケーションにはそれほど困る問題はあまりなかったのであるが(性格の不一致という理由で大喧嘩はしたが)今回はまさに豪州大陸のど真ん中、ブッシュからのご一行様なのであるから準備にも余念がない。

このたび見事日本行きのチケットを手にしたのはアボリジニの画家でも最近特に注目を浴びているリネットちゃんとトプシーちゃん。・・・“ちゃん”なんて気安く言ってはみるが、お二人とも私よりずっと年上で孫までいらっしゃるという人生経験ベテラン組。まずはパスポート申請からこの日本行きの作業は始まったのだが思ったより取得が困難ではなかったのが唯一の救いであった。彼女たちのスキンネームであるナパチャリとかナンパジンパなんていうのもちゃんとパスポートには記載されていた。勉強になるなあ。

まず初めに彼女たちに“日本”について、いやそれよりも外国というものについて、いやはやとにかくアボリジニ居住区以外の場所について説明をする必要があった。彼女たちは普段砂漠の辺境地に住んでいるとはいえもちろんこの21世紀をともに生きるオーストラリア人なのであるからある程度の文明社会への理解はある。・・・が、海の向こうの見知らぬ国に関してはやはりまったく想像がつかないようだった。

“JAPAN”といってもまずピンときていない。“アジアの一部”と説明したらますます混乱している様子。仕方なく“飛行機、ろおおおんぐWAY(遠いところ)”といって子供の頃遊んだように飛行機が飛ぶまねをしてみた。ついでに意味無くピョンピョン飛び跳ねてもみた。そしたらゲラゲラ笑われただけだった。

とにかく全くの新しい未知なる世界を私は彼女たちの人生に紹介するのであるからその責任も重大である。

普段この大自然に囲まれた砂漠での生活から、突如コンクリートジャングルでの東京滞在になるのであるからホームシックにだって瞬く間にかかるであろうと思われる。食事、滞在場所、言葉の壁などこれは私が初めて外国で暮らしたときに味わった異文化への違和感とまったく同様なのだから。

それに東京のあの狭いホテルの部屋に長期間缶詰になるのは私だってお断り。そこで知人宅(普段は空家)への滞在が可能なものかどうか頭を下げてお願いしてみたが「ブッシュからの人たちだとシラミの心配があるから」とあっさり断られた。これは人権問題にしてもいいのではないかと思うほど私はその言葉に傷ついたがやはり普段アボリジニと接触がない人へ大きな理解を求めるのは私が安易過ぎたのだろうと反省。慌てて都内のウイークリーマンションをインターネットで探した。そして見つけた。全員が一緒に泊まれる少し広めの部屋を獲得した。多少割高ではあったがこの際止むを得ない。そこなら台所もついているのでトプシーちゃんリネットちゃんの好物である「牛の脳みそ」もちゃんと料理してあげられる。それに彼女たちがいくら食い散らかしても誰にも文句は言われない。おまけに私が食い散らかしてもごまかせる。

豪州のブッシュからのご一行様が来日をするというニュースを日本のメディアでいくつか取り上げていただくことになった。滞在中の同行取材の話も出ている。・・・ということは私がアボリジニのおばちゃんたちに本当にぶっちぎれて大声で怒鳴り散らしている姿もちゃんとカメラに収まるというわけだ。ますます私の嫁入りが遠のく気もするが、こんなワイルドな女性こそぜひ私の嫁に!という少し変わった男性もいるかもしれないのでこの際少し大げさに怒鳴ってみたりしようと内心思っている。

せっかくの日本が東京だけではつまらない。というか、可愛そうだ。そこで優しい友人夫妻が一緒に小旅行へと誘ってくださり紅葉の美しい山々をぜひ砂漠のおばちゃんたちにも見てもらおうと2泊3日の温泉旅行も企画している。山へ連れて行った途端、狩りに行きたいと彼女たちから言われるかもしれないがそれはそれでうまく対応しようと思う。

そう、温泉。ただでさえ乾燥した水の少ない砂漠で暮らしてきたアボリジニたちにとってその水は“生きるため”の大事なものであって“身体を洗うもの”なんていう発想はまずないということをここにお知らせしておきたい。そんな彼女たちにとって温泉のような熱いお湯の中に自分の身体をどっぷり入れるという行為、しかも全く知らない人たちとスッポンポンになるということがどれだけの大ニュースになるのかなんて実は想像もつかないが、私だって以前アボリジニ村で“儀礼”に参加するからといわれてスッポンポンに近い状態にさせられたことがあるんだからね。これも経験、経験。

主催ギャラリーでは私の“アボリジニ村体験記・裸足のアーティストに魅せられて”なんていう2時間トークも用意されているとのこと。ここではトプシー・リネットちゃんたちの故郷をスライドで紹介しながら豪州先住民アボリジニについて私の知っている限りのお話をさせていただく。日本滞在中、遠く離れた家や家族を恋しく思う彼女たちへスライドの画像を通して少しでもホームシック解消になれば・・・とこんな気遣いまでする心優しい私もぶっちぎれれば人が変わる。

アボリジニのおばちゃんたちとの日本滞在12日間。さあて、どんなドラマが待ち受けているのだろうか。とにかく、まずはみんな無事に成田空港に到着をしておくれ…今の願いはただそれだけである。

つづく