根は怠惰なくせに好奇心旺盛の私はとにかく思いついたことは即、行動に移さないと気が済まない人生をこれまで送ってきた。スチュワーデスをパッと辞め、日本をさっさと脱出し、アメリカ・オーストラリアを転々と放浪しながら現在に至る。ここに「結婚」という思いつきがもっと早く私の人生に訪れていたら、もしかしたら今ごろはプロ野球選手の妻ぐらいにはなっていたかもしれない。そんな勝手な妄想ばかりが頭をよぎるメルボルンの秋。

アボリジニ居住区へ行ってみたい……そんな思いつきのような願いがあれよあれよという間に叶ってからもう随分と長い時間が経つ。そしてそこに住む”裸足のアーティスト”を日本へ連れて行きたい……その想いも昨年10月の展覧会で見事に叶った。”想っている事は叶うんだ”と信じる私は今日もあれこれと自分に都合のいいことをたくさん想うのであった。にひひひひ。

展覧会の初日には主催ギャラリーがオープニングパーティーを企画してくれた。砂漠からの特別ゲストであるトプシー・リネット・そしてグラニスは見事にドレスアップをし、とても日頃ホコリまみれのアボリジニ村で暮らす3人には見えないぐらいイカしていた。私のお気に入りのスカーフをファッションのアクセントにと思いトプシーとリネットにそれぞれ貸してあげた……のだがトプシーはそのスカーフで口に付いたケチャップを思いっきり拭いていた。とほほほほ……。

会場にはそれはそれはたくさんの人が駆けつけてくれ砂漠からのゲストたちはたちまち注目の的となった。私も会場に来ていた友人や知人たちに自分が日本へ招いたゲストたちを自慢気に紹介したものだった。そこへ私の視界に突然入ってきたある男性の姿。あれ?どこかでお会いしたことがあったけど……。どなただろう……??? 今日は一応パーティーだというのに仕事帰りという理由でジャージのような格好でいらしたあなたはいったい誰? 誰なのよ!!!

「内田さん、お久しぶりです。今日はおめでとうございます」と私に向かって挨拶をしてくださり、頭をぺコッと下げるそのジャージ姿のトノガタは現在某テレビ局でディレクターをしている高校時代の友人だった。当時彼はクラスの中でもあまり目立つ存在ではなく、まさか華やかなテレビ業界で仕事をする人になるとは誰も想像をしていなかったであろう。

「内田さん、すごいじゃない。オーストラリアからこんな人たち連れてきちゃって。お金かかったでしょ? 内田さんが全部出したの?」と、さっきのジャージ姿の彼がさらりと聞いてくるではないか。おい!そこのジャージ男。今日はよりによって展覧会の初日で、しかもオープニングパーティーでこんなにたくさんの人たちに囲まれて私もひたすら歯をむき出してずっと笑っていなけりゃならないっつーこんなときに、何でアンタはそんなお金のこと聞くのかね! とややムっとした表情をしてみせたら「ねえ、今回東京にいる間にテレビ出てみない?ギャラは出せないけどさ。メディア使ったら展覧会の良い宣伝になると思うけど」とジャージくん。

顔はちょっと左門豊作くんのようだが(『巨人の星』の登場人物の一人)業界での力はそこそこにあると見た。さっきの立腹は引き出しにしまっておこう。来日早々こんなに急にテレビ出演の話が舞い込んで来るとはラッキーな我々だ。

トプシーとリネットは生まれてから一度も美容院へ行ったことがなかった。アボリジニ村では自分たちで互いに髪を切り合う。暮らす環境が違ったって我々は同じオンナ同士じゃないか。そう、やっぱりテレビ出演となりゃ綺麗に映りたい願いは皆いっしょ。

日本へ来てから体験した彼女たちにとってのたくさんの不思議な出来事。トプシー・リネットは美容院でも大きな注目を浴びた。シャンプー台に案内されていきなり電動イスで背中が倒れたとき、トプシーは絶叫し店内にいる他のお客様が一斉にこちらを見た。どうせならエステもやってしまおう…。リネットはマッサージの間、あまりの気持ちよさにイビキをかいて寝てしまったというウソのようなホントの話もある。およそ2時間後、砂漠の女王様たちは全くの別人となった。本当に美しく変身した2人を見た私は思わず”ぎゅうっ”と抱きしめて「きれいだよ。とっても」とつぶやいた。どさくさに紛れて私のことも誰かそう言って抱きしめてくれないかしらと周りを見渡したが、どこにも私と視線を合わせるトノガタは見あたらなかった。

テレビ収録は約1時間。スタジオらしきところへ案内され、ブラウン管の向こうで見慣れた女性アナウンサーにドキドキし『サインもらっちゃおーかなー。写真撮っちゃおーかなー』なんてミーハ-根性を丸出しするわけがない私は視点が定まらず、ただキョロキョロするばかりであった。収録も無事に終わり我々は新宿のネオン街をてくてく歩いて帰った。テレビ撮影だろうが何だろうがそんなことはどうでもいいといった様子のトプシーとリネットはお腹が空いてたまらなかったらしく私の腕を引っ張って「フード・フード」とチカチカ光るレストラン街を指差した。

今回”愛と涙の東京物語・最終回”を迎えるにあたって私も毎月の原稿を仕上げるたびにトプシー・リネット・グラニスと過ごした2週間の日本滞在をいま一度思い起こし、想い出のアルバムに貼った写真300枚を1枚1枚全部に目を通す。

人は時々「私は○○と出逢って人生観が大きく変わったわ」と言う。自分の人生観を変えてしまうような、そんな出来事なんて本当にあるのであろうか。「いや、それがあるんだよね……」と私は断言する。

オーストラリア先住民、アボリジニと出会ってから私は「あるがままに」物事を自然体に受け止められるだけのハートのでっかさが、ほんの少し養われたのではないかと思っている。これまでのように変に肩肘張って意固地になることなく、「あれもOK」「これもOK」「だからみんなOK」のようなある意味での寛大さとでもいおうか。「認める」ことで自分がものすごく楽になっていくそんな不思議な感覚。これからもずっと大切にしていきたい。