ほぼ半年振りのアボリジニ村訪問。毎度のことながら胸躍らせる瞬間である。

昨年来日をしたアボリジニの女性画家・トプシーとリネット、そしてコーディネーターのグラニスとの再会が今回私が訪問をする一番の目的であった。何しろ生まれて初めて海を越えた日本での滞在2週間が、彼女達にとっては未だに夢物語のようだということをその後何度となく電話で聞かされており、それが理由で絵画の制作にもまったく集中ができない困った状態なんだと、グラニスは苦笑いをしながら私にそう話していたのであった。そんな彼女たちが自分たちの日本滞在物語を村のみんなに、家族に、いったいどのように語っているのだろうか、私はそっちのほうが何よりも興味深々であった。

グラニスの話によると、何やらリネットは日本から村へ帰るなりご主人に顔面パンチをくらってしばし入院したというではないか。理由を聞くと「2週間も旦那のオレを放ったらかしておいてお前は一体どこで何をしていたんだ。きっとよそにオトコができて遊んでいたに違いない」と突然逆切れしたという。

おお、かわいそうなリネットよ。私が今回村でご主人に会ってきちんと説明をしてやろうではないか。それでもわかってもらえないようであれば、今度はお返しに私が彼に顔面パンチをくらわせよう。こうみえても以前極真空手を3年ほど習っていたこともあったんだ。始めた動機はまったく不純であったがまだまだ上段回し蹴りぐらいは朝飯前だ。

メルボルンから砂漠へ空路3時間。アリススプリングス空港から西へおよそ370キロひたすら内陸部を走ったところがトプシー、リネットたちが住む人口350人ほどのアボリジニ居住区である。速度制限のない、景色の一向に変わらない広大な大地を何時間も何時間もただただ走り続けて目的地へ向かっている、そのひとときこそ自分自身、そして自然との対話をゆっくり楽しみたくなるものだ。おまけに道の両脇にうっそうと生い茂るブッシュの木々がまさに「さあ、どっからでもかかって来い!オンドリャ~」とでも自分に問い掛けているようなそんな感覚にさえ陥る。

今回は遠路日本からはるばる友人夫妻が同行し私以上にアボリジニの女王様たちとの熱い再会を待ち望んでいた。

「ねえ、ねえ。それにしてもちょっとこの日差し、ハンパじゃなく強いんじゃない? 昨夜私たちが日本を出てくるときは雪が散らついてたんだけど」と友人のトモちゃん。アリススプリングス空港に到着するなりギラギラと肌に突き刺さるような日差しにすっかり閉口気味であった。彼女はつるんとした真っ白な美しい肌の持ち主ゆえ、日焼け対策は万全にしてくるようにと、私は事前に口をすっぱく忠告をしておいた。だが気温40度近い炎天下のもと、彼女はとにかく「アツイ、アツイ」の連発だった。

空港からレンタカー、4WDを借りてすぐさま我々3人は出発。もちろん敏腕コーディネーターであるオレ様の運転である。「運転免許を取得してからもう15年以上(ほんとはもっと)過ぎようとしているんだから、オフロードのドライブだって全然へっちゃらなのよ。それに今日これから向かうアボリジニ村へは今まで何度も行ってるから道もよく知ってるしね。日本からの長旅であなたたちはさぞ疲れているでしょう? ゆっくり昼寝でもしてたらいいよ。目が覚めたらそこはもうアボリジニ村だってば。ははは……」

そんな余裕満々なことをいつものように適当に調子よく言いながら快調なスタートを切り、車内でお気に入りのCDをガンガンかけて道中のおしゃべりに花を咲かせていた我々であった。すると……!

アリススプリングスからすでに200 キロほど離れた未舗装のジャリ道へさしかかったころ「あっ!」と声を出したのと、道の両脇のブッシュにガクンと車両が突然乗り上げたのがほぼ同時であったそのとき……。

我々の乗った4WDはさっき「どこからでもかかって来い! オンドリャ~!」と問い掛けていたブッシュの木々に本当に立ち向かっていくことになった。”うっそー!”と驚く間もなく、次々とぶっ倒した。それはまるで私が素手でボブ・サップにかかって行くようなものだった。この瞬間我々3人は同時に多分みな同じことを考えたであろう。

「車が横転する」と本気でそう思った。こんなとき普通は「きゃあー」とか「こわい!」とか「神様助けて~!」と、きっと高い声で叫んじゃったりするんだろうなーと、私の頭の中でのイメージは結構バッチリだったのだが、もともと地声が低いので私にはこのセリフは難しい。せめて初めの音の高さだけでも合わせてみようか……なんてバカなことを考えていたが、今自分の目の前で非常事態が起こっていると認識したことで慌てて咄嗟に出た台詞は「何だこらぁ~!? どーした。どーした」であった。

どうしたもこうしたも、本当の意味でどうかしているのはこの私である。車両は真ん中の道を横切って反対側のブッシュに再び突っ込む瞬間に、にぶい音をブルルルと出しながらようやく停まった。

「うっそー。何これ。信じらんない。大丈夫? 2人とも怪我はない?」と同乗者にまず安否の確認。二人は無言。顔面蒼白。そりゃそうだ。私だって泣きたいさ。よりによってあなたたち二人を乗せているときに何でこんな事故を起こしちゃったんだろう。ジャリにタイヤがスリップしたのか?それより何より私もこれまで長いことこの砂漠のど真ん中を走り続けているけど、こんな事故は初めてだ。そうよ、ここはご存知砂漠のど真ん中。ガソリンスタンドなんて何処探してもないし、携帯電話だってつながらない。助けを求めるにも通りすぎる車なんてまず一台もない。

「ごめんね。こんなことになっちゃって」と今度は本当に涙声になって、私は二人に謝った。普段低い声がより一層低くなった。

「車がこんなメチャメチャになっちゃって、このまま街まで引き返せるかな」。内心そう案じながら私は恐る恐るもう一度エンジンをかけてみると、何とかかろうじてかかったではないか。「おー。でぃすいず、あんびりーばぶる!!!」と日本人しかいないのに何故か私は英語をしゃべっていた。「でもさ、今の激突もしもオレがビデオ回してたら絶対テレビ局に売れるよなー。惜しかったよなー。」と自称インチキカメラマンのご主人賢ちゃんはこんな事態に余裕の発言。

その後、前方メチャメチャになった4WDで再び200キロの道のりをエッコラエッコラとアリススプリングスへ引き返したことは言うまでもない。

警察へ行って事故証明を発行し、レンタカー会社へ頭を下げて代替車を用意してもらい、私は再び男らしく運転手として任務遂行。延々4時間半のドライブののち、その晩念願のアボリジニ村へようやく到着をした。再会までの長い長い道のりであった。極度の心労と長時間の運転で私の目はもう半分以上白目になっていたが、砂漠でのアボリジニの女王様たちとの熱い再会に私は「きゃあ~!」と、かなり高い声を上げて彼女たちに抱きついていた。イメージ通りの声だった。

……つづく