「マウント・アレン」と呼ばれるオーストラリア中央砂漠のアボリジニコミュニティで今年の「Women’s meeting」は行われた。豪州全土からおよそ数百人も集まったアボリジニの女性たちが一年に一度だけそれぞれの部族の歌や踊りを8日間に渡って披露し合うものだ。

これまでアボリジニの儀式には何度か参加を認められたことはあったが、今回のような大掛かりなものには滅多にお声がかかることがないゆえ、それを認めてくれた長老に私は心から感謝を述べた。

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当然のことながらそこは砂漠のど真ん中なので、まともな木陰なんてのは一つもない。日中気温が40度を軽く超えるが、涼む場所はどこにも見当たらないのだ。やたらと動き回ってはあっという間に喉が渇いてのびてしまいそうになる。かといって熱射をまともに浴びながらじぃっとしているわけにもいかない。困ったぞ。政府から配給されたわずかな水を少しずつ少しずつ口に含みながら夕方涼しくなるのをひたすら待つことにしよう。

日が暮れると砂漠の気温は一気に下がる。昼間あれだけ暑くて閉口していたのに、夜は突然マイナスに近い温度になるのだから恐ろしい。おお。これが中学校のときに社会科で習ったあの”砂漠気候”か。まさか自分が実体験をするとはな。ああ、それにしても何てクソ寒いんだろう。昼間はあまりの暑さで脳みそが今にも溶け出してしまいそうだったが今度は寒さで瞬間冷凍だ。

ふゎー。そんなことよりあと何日でこの儀式は終るんだろう。毎日毎日時計やカレンダーとは無関係の日々ゆえ、実際今日が何月何日なのかさっぱり見当がつかない。街へ戻ったらすぐに熱いシャワーをこれでもかというほど浴びてやる。そしてもう缶詰と固いパンだけの生活ともおさらばじゃ! それでもって真っ白いピカピカ光る温かい白飯に納豆かけて腹いっぱい食べっからなー!と私の頭の中はもう完全に納豆ネバネバ状態だった。

何日も風呂に入らぬ生活。日に日に髪の毛が1本1本くっついてまるでレゲエミュージシャンような風貌になってくる。自分の頭の臭さがたまになびく風に乗って鼻を襲う。く、く、くっさー! これまでにかいだことのない臭さだ。

そういえば小学校時代、福田くんという同級生がいたのを思い出す。彼の頭にはいつもフケが積もっていたことから名前がいつの間にか福田くんから「フケダくん」に変わっていた。ある生徒はわざわざフケダくんの背後に回って彼の頭のニオイをかいで「くっせー!」と声を上げて走り去ったりした。ああ、なんて残酷な小学生だったのだろう。フケダくん。ごめんなさいね。当時、きっとあなたも髪を洗えないご事情がおありだったのね。でもね。今の私はもっとひどい状態だから安心して。昨日、砂漠で大きなマグカップでがぶ飲みしたブラックコーヒーにハエが2匹浮いて死んでいたんだけど、そのコーヒーの色が真っ黒だったから知らずに飲み干してしまったのよ。

そう。私はハエも飲み込むオンナなの。フケオくんも砂漠でコーヒーを召し上がるときには浮いているハエの存在がちゃんと確認できるように、必ず粉ミルクを入れて飲んでちょうだいね。そしてお互いこれからも強く生きていきましょうね…と、ハエ飲みオンナはフケオくんに満点の星空の下から熱いエールを送ったのであった。

さて、儀式の話に戻りましょっと。

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今回参加をした儀式はこれまで経験したものとは全く比較にならないほど規模の大きなもので、各部族から異なる歌や踊りが次々と披露されていく。身体には”ボディ・ペイント”と呼ばれる模様が描かれ、そこには先祖からまつわる部族の歌が必ず伴う。うねるような経典のような響きに耳を傾けながら、自分の顔や背中・肩・乳房に赤茶色や黄色・白色のオーカー(天然の岩絵の具)が彩られていくのをじぃっと待つあのときの緊張感は、とても言葉で容易には表せない。褐色の肌を持つアボリジニの女性たちの中では自分の肌の色がひときわ目立つ。ペイントを終えて最後に頭に羽をつけたら、さぁ、いよいよ踊りが始まる。私は自分たちの出番を静かに待った。

そこでは初めて出逢ったたくさんの何百人というアボリジニたち大観衆の鋭い視線を一斉に感じながら、私はマウント・リービックチームの長老に導かれて彼女たちと同じように身体を動かし大地をリズミカルにステップした。そして真っ赤に焼けた大地を見渡しながらはるか数万年前にこのオーストラリア大陸に渡ってきたアボリジニ達がたった200年前に入植してきた白人たちによって自分たちの土地を追われてしまったこと、人権を無視され文化を剥奪された悲惨さは、今「ここ」では少しも感じられないということを確信した。

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“自分たちの文化はこうして確実に残っているのだから…”この儀式に参加をしている全員がみなそう思っているに違いない。そしてその一員として自分がその瞬間を共有できたことに、心の底から感謝をしたいと思った。 初めて大観衆の前で披露した私のダンス。おかしな怪しいジャパニーズが見よう見まねで踊る姿は彼らにはどう映ったのであろうか。滑稽には見えただろうがなかなか評判もよく、ダンスが終るとあっちこっちから大歓声が飛んできて・拍手喝采で出迎えてくれた。大声で私の名前を呼びながら手に手に握手をされたり、肩を抱いて顔を寄せてきてくれる人がたくさんおり、なかには親指を立てて「YOU! ベリーグット!ナンバーワン!!!」と頭を撫でてくれる人もいた。

無事に滞りなく終った安堵感と感動からだろうか。私はボロボロ涙を流していた。 こんなあとは通常、しばらく余韻に浸っていたいものである。しかし長老は私の目を鋭く見つめて「さっ、もう終ったから。オマエはさっさと夕食の用意にかかれ。その前に焚き木取りも忘れずに。ゴミもたまっているから始末しておけ」と容赦なく指示を出す。 とほほ…。 やっぱ、早く街に帰ろう…っと。