愛と涙の大阪物語 最終回
いよいよ今回でアボリジニ女性画家・モリーンとノーマとともに繰り広げた『愛と涙の大阪物語』が最終回となるわけだが、もちろんこの紙面ではとても書ききれないドラマがあれこれ展開したということはいうまでもない。
大阪で彼女たちを出迎える数日前に、オレ様は東京ビックサイトで開催された『癒しフェア』というイベントで、2日間アボリジニアートを展示する機会に恵まれた。
この『癒しフェア』は開場前から、入り口に長蛇の列をなすほどの超人気ぶり。何しろたった2日間のこのイベントに、およそ4万人の人々が癒しグッズを求めて全国あっちこっちから押し寄せてくるという、東京ビックサイトオープン以来の大イベントだというではないか。
だだっ広い会場には数百ものブースが立ち並び、「あなたのオーラの色、撮影します。1回3000円」とか「この魔法の石を肌身離さず持っていれば、あなたは必ずシアワセになれます。1個40万円から」とか、なかには結構うさん臭いものもいくつかあったが、そんな店舗に限って人気が高かったようだ。
オレ様はその会場の一角にスペースをご提供いただき、およそ20点のアボリジニアートを展示して来場者へ常時作品の説明に明け暮れていた。するとその中にたった一人、“キラリ”と光る男性の存在が!!!!!!!!!!!
しかもその男性は目に大粒の涙をためて、1枚1枚の絵を食い入るように見つめているではないか。
ああ。もうオレ様ダメ…。こういうのに非常に弱い。すぐに駆け寄って行って後ろからぎゅうっと抱きしめてあげたい心境に駆られる。何しろこの人混みだ。どさくさに紛れてやっちゃえば誰にもわかんないはず…。
そう思って、そぉーーーとその男性に近づいていき、満面なる笑みで「これまでアボリジニアートはご覧になったことはありますか?」とさり気なく尋ねる。もちろん声を2オクターブほど上げて。
するとその男性は大きな瞳でまっすぐにオレ様を見つめながら「いいえ、初めてです」とだけ静かに答えた。結構シャイな方のようだ。
うーーん。困ったぞ。オレ様、次は何と言ってアプローチするべきか。『アボリジニアートをお買い上げになると、もれなく私もお嫁さんとして付いてくるのはご存知ですか?』。いきなりこれでは初対面の男性には危険すぎるかもしれない。
オレ様がそんな妄想に酔っているとき「うちの子、絵がすごく好きなんですよ。でもこんなに一生懸命観ているのなんて初めてですね。アボリジニアートって、とても自然でいい絵ですね」と彼の母親と思われる女性が、私に話しかけてきたではないか。
おっ! なんだ。なんだ。ここで突然お姑さんの登場かい?
「うちの子、今15歳なんですけどね。これから絵を習わせようかと思ってまして。でもアボリジニアートを習えるところなんて日本にはないですよね」。
そう。最初に言い忘れたが、その“キラリ”と会場でとびきり光っていた男性というのは15歳のジェントルマン。そして名前が何と「大地」クン。
「アボリジニアートはすべて先住民アボリジニたちが、広大なオーストラリアの『大地』と自分自身のつながりの喜びを描いている絵画なんですよ。そうですか、大地クンていうお名前なんですね。きっとアボリジニとどこかでつながっているんでしょうね」。
そんな話を機にオレ様はもうほかのお客様そっちのけで、その素敵な15歳のジェントルマン「大地」クンにつきっきりでアボリジニアートの講義を行うことに。
癒しフェアを終えた2日後に、オレ様は大阪へ飛んで砂漠からの女性画家二人を出迎えて、今度はテレビのイベント企画に携わることになっていた。それを大地クン親子にお話したところ「ぜひ! アボリジニの人達に会いに行きたいです」とこれまた大地クン、目をうるうるさせて訴えてくるではないか。
よっしゃ。そこはカッコつけマンのオレ様だ。来日するアボリジニの画家たちと大地クンが何とか一緒に絵が描ける作戦を立てることにした。
それにしてもわざわざ東京から大阪までアボリジニの女王様たちに会いに来てくれるとは、何と奇特な親子だろう。オレ様、胸の奥がじんわ~~り潤うのを感じたほどだ。だってすごくうれしいじゃないか…。
さて。大阪入り2日後、無事にアボリジニの女王様二人も日本へ到着し、毎日過密なテレビスケジュールをキャーキャー言いながらこなしていたそのとき、早朝、私の携帯に電話が鳴った。「あのー。大地です。今、大阪に着きました。お父さんの運転で昨日の夜中に東京を出てきました。家族6人みんなで来てます。僕たちどこへ行ったらいいですか?」
人間の深く強い「想い」というものは実に様々なことを可能にさせてくれる。
東京から深夜、車を吹っ飛ばして約7時間。遠路はるばるよくもまあ、来てくださったこと。大地クンファミリーは、それぞれモリーンとノーマにたくさんの日本のお土産を持ってきてくださり、始終なごやかなひとときにつつまれたものだった。
来日早々、慣れない日本の環境にやや緊張気味であったモリーンとノーマ。しかし温かい大地クンファミリーとのふれ合いで彼女たちの表情も次第に和らいでいく。アボリジニ社会は、何よりも家族同士の絆を大事にしているからなおさらなのであろう。
大地クン達には我々が宿泊しているホテルの部屋まで来ていただき、早速共同作業での大作を1枚仕上げることに。
家族全員が筆を持ち、モリーン、ノーマともどもそれぞれの想いを熱心にキャンバスへと表現した。
人と人とのご縁ほど、オレ様にとって宝物だと思えるものはない。まったくひょんな出会いから、こうして大地クン念願のアボリジニアートレッスンが実現し、やはり『思えば叶う』を信じてよかったと心からそう思えるこの出来事。
最後は完成した絵画と一緒にみんなで記念撮影を行い、大地クンファミリーはそのまま帰路、東京へと向かった。胸にしまいきれないたくさんの素敵な思い出とともに。
そしてあの絵画は、大地クンファミリーの家のどこへ飾られるのかな…そんなことも後日電話で聞いてみよう。
大忙しのイベントがすべて終了し、あと2日後には海の向こうのオーストラリアへ帰る日が迫ってきたとき、敏腕インチキコーディネーターのオレ様は砂漠の女王様達に、ぜひとも日本の神社仏閣を観てもらおうと京都一日観光を計画した。
何しろモリーンもノーマも生まれて初めての電車乗車体験。自動改札にたじろぎ、制服を着た車掌さんと写真を撮りたがり、車内でも疲れていて眠いはずなのに車窓から目が離せない様子。
こんな日本での様々な体験を彼女達は故郷アボリジニの村へ帰って自分の家族達にいったい何て話すんだろうか。
いっちゃなんだが、その日の京都は気温37度。おまけにあのすさまじい湿気でしょ。こっちは日本が誇る世界遺産の金閣寺に、これから案内しようと汗だくだくになってるっつーのに、モリーンもノーマも暑いからもう歩くのいやだとだだをこねる。やれ腹が減っただのアイスクリームを買って来いだの好き勝手、言いたい放題だ。
滞在もうあと残り2日であるのをいいことに温厚なオレ様、ここでとうとうぶち切れて「てめーら。それでも砂漠の民か! こんな暑さがなんだ。わがまま言うのもいい加減にせーよ!」と空手チョップのまねごとをしてみせるが効果なし。彼女達はゲラゲラ笑うだけだった。
結局、金閣寺まではクーラーガンガンにきいたタクシーで行くことに。すると「おねえちゃん。どうせならワシ、あっちこっちこのまま回ってやるでー。今日はとくに暑いことやしなー。そのほうがええん、ちゃう?」とタクシーのおっちゃんからのオファー。
さすが。関西人様だ。ありとあらゆる状況下でもすぐにビジネスに結びつける商い人。オレ様、泣く泣く財布から2万円を出したり引っ込めたりしながら、おっちゃんに渡す。
こうして京都で世界遺産を砂漠の女王様たちにご覧いただいたのを最後に、我々の『愛と涙の大阪物語』に無事、幕を閉じたのであった。
モリーン・ノーマ、豪州の辺境地帯、砂漠のど真ん中から本当によく日本へ来てくれたね。異国の地でさぞ不安だらけの日々だっただろうにね。トイレを流さないとか、1リットルのシャンプーを一人で全部1回で使っちゃったこととか、ホテル朝食のビュッフェを手づかみで取ったこととか、お祭りの金魚すくいの金魚を食べようとしたこととか、オレ様絶対に誰にも言わないからね。
だからまた日本に来てね。今度は愛する家族を全員連れて。